君を追うもの(1) [狩人のものがたり]
駅から少し離れた場所に5階建ての古びた雑居ビルがあった。
非常階段は無く、エレベータも無いビルだった。
普段人の出入りは殆ど無いこのビルの3階に水耕という会社があった。
事務の机や本棚、そして古びた金庫の殺風景な部屋、
何故か窓は塞がれており日中でも明かりが灯っている。
部屋には男が1人常駐しているが一体何の仕事をしているかは不明だった。
突然男の携帯が鳴った。
男は怪訝な顔をしてスイッチを入れたが電波の状態が悪く聞き取れない。
仕方なく男は部屋を出る事にした。
今時珍しいスケルトンキーを出すと鍵をかけ、ドアが閉まっているか確かめて後移動した。
とは言ってもドアから数メートル離れた位置におり、
電話をしながらも男の目はじっとドアを監視し続けていた。
時間にして5,6分といったところか、
電話が終ると男は急いで部屋に戻った。
そして男はその僅かな間に侵入者があった事に気づく、
金庫が消えていたのだ。
男は事務机の上の固定電話の受話器を上げ連絡を取ると他の部屋から幾人かがやって来た。
皆は入るなり無言のまま部屋の中をじっくり観察し続けた、
だが何も発見出来ないと知るや1人が言った。
「山見を呼べ」
暫くしてその山見が部屋に入って来た。
「・・・女だ、女が忍び込んだ」
何を見る訳でもなく山見はそう断言した。
「女?」
「そう女が1人忍び込んでいる、金庫を持ち去ったのはそいつだ」
「あの金庫を持ち上げるには男が数人必要、女1人では不可能だ」
「そこだよそこ問題は!追跡は出来るが、どうする?」
-続く-
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落ちる人(8) [狩人のものがたり]
私は暗い路面に打ち付ける雨粒と雨音を聞いていた。
それから私の体は夜の雨の中を鯉が滝を遡る様に上がっていく、
雨はそれ程激しくないものの、まるでプールの中を引きずられている様な気分だった。
ビルの屋上の更に上に私は舞い上がる。
これは飛び降りてから僅かな出来事、私は先ず八弥を探した。
八弥はまだ屋上におり、しかもじっとこちらを見詰めていた、
その表情にはかすかにだけ動揺が見える。
「やはりそうだったの・・・」
私はゆっくりと屋上に降りた。
「でも、たとえどういう能力を持っていたとしても自身の魂には逆らえない筈なのに」
「・・・逆らってはいない、私の心は今もまだ君に解放されたままだ」
「!?」
「全てを投げ出そうとするのも魂の意思なら土壇場で反古にするのも魂。
君が何を考えて他人にその力を使って来たのか知らないが、
むき出しの心は動物の本能以下だ」
八弥は強張った表情で言った。
「どうするつもり?」
「私はこの事件の調査と事態の収束を依頼されている」
「・・・そう」
八弥は私に背を向けると静かに語りだした。
「この力を授かった時、喜びがあった、
人の心の救済が出来るから。
それによって人が命を落としてもそれはその人が望んだこと此方に非は無いと。
でも間違いだったようね」
その時急に周囲がざわめき始めた。
雨音に混じって衝撃音と複数の叫び声が聞こえて来る。
「な、何だ?」
私が気を取られた一瞬、彼女は走り出し屋上のフェンスによじ登った。
「あっ!」
彼女は笑みを浮かべている。
「貴方の占いがまだ済んでなかったわね」
そういい残し彼女は飛び降りた。
「しまった!」
私が慌てて体を浮かび上がらした時先程から聞こえて来るざわめきの正体を知った。
このビルに隣接する建物やビルから無数の人が飛び降りていたのだ。
皆その階層から次々身を投げ暗い地面に向って落ちていた。
そしてその躯の中へ彼女の体も消えていった。
岩代の話ではかなりの死傷者が出たが、その中に八弥の名は無かったそうだ。
無論あの占いの部屋に戻る事も無く、そのまま行方知れずになった。
「報酬は振り込んでおいたよ二科くん」
飛び降り事件はその夜を境にピタリと止んだ。
依頼も終っているのでこれ以上私が八弥を追う事は無かったが、
何故だかもう一度出会う気がしてならない。
-おわり-
「用件はなあに岩代」
「実はこの事務所の金庫の中にある小さな赤いケースを奪取して欲しい」
「奪取ぅ?それって泥棒しろってこと?」
「どう言葉で取り繕っても変わらないから、そうだと言っておく」
「え~っ!」
「駄目かな?」
「報酬次第、かな?」
そう言うと三鈴はクスクス笑った。
「でもさぁ見た目全然厳重そうじゃない古びた建物じゃない」
「そう、金庫も古いタイプの代物だ。しかし見張りが手強いから依頼している」
「警備員が?」
「いや警備員の背後に控えている奴だ」
「背後に?」
-次回[君を追うもの]-
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落ちる人(7) [狩人のものがたり]
落ちる人(6) [狩人のものがたり]
屋上と言ってもマンションやアパートの住居の屋上と違いこういうビルのは閉鎖してある。
だがこのビルの屋上に至るまでの通路、階段に封鎖は無く、
屋上に出る扉にも施錠は無かった。
出ると外はまだ雨が降り続いている。
このビルからの飛び降りはまだ無かったが事件はこの近辺で起こっており、
そういう場合、無関係の近くのビルに警備員がいても不思議でない。
その不自然な状況が事件の核心地である事を示していた。
ふと気が付くと彼女のかすかな笑い声が背後で聞こえる。
私は彼女を残したまま1人雨の中屋上を突き進んでいた。
その先には古びた金網の柵が見える。
何故だ!?何故私は歩き続けている?
何故私は屋上の柵に向っている?
何故私は止まらないのだ?
何故私は・・・
やがて私は金網に飛びつくとそのままよじ登った。
そしてそのまま飛び降りた。
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落ちる人(5) [狩人のものがたり]
隅簾八弥の店はまだ営業中らしいが他に客は居なかった。
ドアを開けると、ようこそ、御かけ下さいという声が聞こえる。
言われるまま目の前の椅子に座った。
彼女は確かにさっき事故現場で見かけた女性に見える、
あの時彼女もこちらを見たが彼女の方は果たして私を見覚えているのか?
しかし八弥は特に動じた風でもなく、何を占いましょうかと聞いて来た。
「占いによって料金が異なりますから」
「・・・あ、はい」
私は客のフリをしようとワザと間を置き予め用意してあったセリフを並べた、
最近職場で上手く行かないので何かアドバイスが欲しいと、
だが彼女は暫し目を閉じてから意外な事を言い出す。
「・・・あなた警察の方ではないですね・・・探偵とも違う気がする」
驚いた、そういう素振りは見えなかったのに疑われていたのか、
恐らくはあそこで見かけたのも覚えているとみていいいだろう、
今更とぼけた所で通用しない、追い出される可能性も出て来た、
さて、どうしたものか。
面倒な展開に気が重くなった私に彼女は笑みを浮かべ言った。
「あなたは私と同じ匂いがします」
同じ匂いとはどういう事か?
言葉を失い黙している私に隅簾は身を乗り出し耳元で囁いた。
「屋上に行きましょうか・・・」
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落ちる人(4) [狩人のものがたり]
隅簾八弥というのが彼女の名前、さっきの駅の近くに占いで商売をしている。
そこに来た客がその近くのビルから飛び降りし、彼女がそれを見ていた。
またこの一連の飛び降り事件の多くはその近辺、
彼女の店に訪れた後、直後ではないが、飛び降りをしている、
限りなく黒に近い灰色だ。
しかし確証は無い。
客と彼女との間にトラブルがあればまだしも、それも無かったのだろう、
客の全てが飛び降りたわけではない、
飛び降りた人間に何等かの関連性も無かった。
恐らくは盗聴器も使ったろう、
客とのやり取りの中で飛び降りを勧める言動の有無を調べる為に。
それを匂わす会話も無かったからお手上げなのだろうが、
逆にそれは恐ろしい。
もしも彼女が能力者だとしたら、
警察が目をつけた時にはかなりコントロール出来る様になっていたと言う事だから。
まだ雨の降る中、私は岩代に貰った地図を頼りに彼女の店を探した。
それは雑居ビルの1階に確かにあった。
ドアの隙間から灯りが見える、彼女は戻っているようだ。
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落ちる人(3) [狩人のものがたり]
岩代の家は古びたマンションの3階にある。
呼び鈴を押し中に入る、部屋はまっさらな状態で家具等は置かれていない。
岩代は何も無い部屋の中でノートブックを見ながら座っていた。
「濡れたかい?」
「ああ、少しね」
私は立ったまま彼の言葉を待った。
「感づいているかも知れないが依頼したいのは飛び降りの件だよ」
最近飛び降りによる自殺が急増している。
それもここ2ヶ月の間に9件、内6件は今月に入ってからだ。
「あ、また飛び降りがあったみたいだ」
「うん、実はさっき目の前で起きた。その直後に君から電話があったのさ」
「そうか、これがただの自殺と言うなら我々が動く事では無い、しかし・・・」
「しかし?」
「この中の7人がある特定の人物と会った後に飛び降りしている」
「その人物が何かしたと?」
「警察も事件との関連を相当調べたし、任意で事情聴取も行ったが・・・」
「何も発見出来なかった」
「そうだ、そしてそれは能力者の可能性の高さを示している」
「もしその人物が意志の力で他者を飛び降りに追い込めるとしたら?」
「相当危険な仕事になる、だから君の能力を見込んだ」
「・・・」
「問題の人物の写真がある、見てくれ」
その写真を見て私は驚いた、それは先程事故現場で見かけた女性だったからだ。
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落ちる人(2) [狩人のものがたり]
駅に向う途中先ほどの事故現場に通りかかる。
雨足がやや激しくなる中、救急車やパトカー、野次馬に埋め尽くされていた。
その中に1人気になる女性を見る。
薄い水色のレインコートに身を包んだその女性は人の波の周辺にいたが、
何か違和感を感じて見入ってしまった。
違和感の理由はすぐに分かる、彼女の視線の先だ。
そこにいる全員が落ちた人を見ているにも拘らず一人だけ宙を眺めている。
そこは私も事件直後に見た、男が落ちたと思われるビルの屋上辺りだ。
もしかして彼女は男を、飛び降りる前に見ていたのか、それとも・・・
私がふとそんなことを考えた時彼女はこちらを見た。
今降っている雨のような冷たい視線、
背筋に突き刺さる視線だ。
その時また携帯が鳴り、一瞬目を離した隙に彼女は夕闇に紛れて見えなくなった。
私は電車に乗り岩代の下に急ぐ。
窓の外の雨を眺めながら私は、
目を離す直前彼女が微笑んだのを思い出していた。
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落ちる人(1) [狩人のものがたり]
冬のはじめの雨は冷たい。
日も暮れて周囲が暗いと気持ちも冷えてくる。
傘を差し帰宅を急ごうとした時にヒュッヒュッと風を切る音が聞こえた。
何だと思う間も無く黒い塊がドサリ落ちた。
それは人間だった。
見た目30から40くらいの年齢の男で茶色いコートの様なものを着ていた。
暗い空を見上げたら近くに高いビルがある、彼はここから落ちたようだ。
「人が落ちたぁーー!!」
誰かの叫び声が聞こえる。
辺りは騒然となり、程なくサイレンの音も聞こえて来た。
その音を聞き面倒を避けたかった私は場を去った。
ところが足早に急ぐ私を携帯のベルが引き留める。
嫌な予感に駆られながら雨をしのげる場所を探して携帯を見た、
発信者は岩代からだった。
電話に出ると彼は言った「君に頼みたい事がある」。
予感的中だ。
もう少しで家に帰れるところだったのに。
私は憂鬱な気分で駅に向った。
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